三国史の関羽と言えば、劉備と張飛と「挑園の誓い」を結んだ、一の部下です。義理に厚く、勇猛で、張飛よりは、賢い武将です。今でも中国人に人気があり、横浜の中華街に関帝廟があり、商売の神様になっています。私も数年前にお参りに行って来ました。この関羽の人間性の欠点、判断の愚さが、自分の生命を縮めることになります。
三国とは魏、呉、それに、劉備、関羽の蜀です。
蜀の軍師諸葛孔明は、「天下三分の計」という、壮大戦略をたて、呉と結んで、強大な魏に対し、魏を亡した後、天下を統一するというものです。
まだ蜀が建国される前の戦略です。これはまだ、創業準備前の雰細ベンチャ−企業が、上場大企業と業務提携として、全国一の超大業に挑戦する様な話です。
話は進み、やっと蜀が建国され、呉と同盟を結んでいる時、三国の要の位置にある荊州に、劉備は最も信頼できる部下の関羽を、責任者として配備しました。
この時、呉の孫権は自分の身内の娘を関羽の息子の嫁にどうかと申し入れます。ところが、関羽は「お前の所のような卑しい女と息子を結婚させるわけにはいかない」と傲慢に断ってしまいます。それで、怒った孫権は、魏と結び、関羽を攻め、とらえて殺してしまいます。
人間性的に言えば、プライドを高く持つということと、傲慢であると言うことは違うという簡単なことを、歴史的な英雄関羽は、個人の感情を国家戦略の上に置いた、とんでもない、あやまりを犯したのです。
「天下三分の計」という基本ビジョンに戻ったら呉とケンカすることは、全く逆の行動になります。我々経営者も、正しいビジョンを持ち戦略をたてて、そこからはずれない行動をとるいうことの重要さを改めて、再認識さぜるを得ません。
しかし、歴史に残るような英雄もバカなことをするものですね。傍観者として見るとよく見えます。 |